エレベータを降りる / 宮﨑



随分前からSNSに疲れていた、と言うより飽きてしまって開くことも少なくなっていたのですが。どうしても気になっていました。


私の務める会社グループはイスラエルの軍事技術会社と協力関係にある。


会社の前で抗議する人々の前を通った時、私は彼らの方を見ることが出来ず、伏し目がちに歩いていました。
しかし、やはり気になり一瞬目を向けてみたのです。その時、彼らの中のひとりがスマホを構え動画を取っていることに気が付きました。そしてレンズは確実に私の姿を捉えていました。
視線を戻し立ち去る中、汗が吹き出てきました。
自分が撮影されたことは勿論、カメラの方を向きそれに気づいて顔を隠す動作、そこから去る自分の一部始終が今記録されたことに羞恥と後悔と罪悪感が込み上げてきました。


その卑しく情けない自分の姿が切り取られSNS上に散置されているのではないかと、不安でしょうがなかったのです。


会社名に加え、デモ、と検索ワードを入れました。
まさに私が目にしていた彼らの姿がタイムラインに並びました。様々な角度から撮られた動画や写真、その量の多さに更に不安が増しました。そしてその一つ一つが、沢山の人達にシェアされ拡散されていました。
どうか映っていませんように、と動画をチェックする私と「恥を知れ」と訴える彼らの声明が重なっていました。

音声は、すぐに消しました。
彼らの声に耳を塞ぎ、ひたすら自分の保身を願い指を動かしていました。
途中で、検索ワード以外でも活動の様子を投稿していることに気づき、特に熱心に支援活動されているアカウントに飛びました。案の定、他の動画や写真がシェアされていて、頭が重たくなるような感覚になりました。
確実にあの時、私の方にスマホが向いていました。絶対に映っているはずです。

どこにも私の姿がないことを願っているはずなのに、私の姿を見つけるまで検索をやめられないと思いました。


そのアカウントにはデモの様子以外に、パレスチナの惨状を映した動画や写真も多く載せられていました。正直、はじめは飛ばして見ていたのですが、いくつか目に入った瞬間に手を止めてしまう投稿もあり、短い動画なんかは最後まで目を通していました。
惨状の動画と会社前のデモの投稿が交互に流れてくるので、余計に保身の気持ちが強くなりました。
デモ当日以降の投稿に全て目を通し終え、この方のアカウントにないのであれば、最悪私の姿が投稿されていたとしてもそれほど拡散はされていないだろう、と願いも込めて検索の区切りをつけました。
自分が映っていないことに、ベッドの中で安堵しました。


投稿チェックの流れで最後にスクロールした時、現地の土埃にまみれた少年の後ろ姿が現れました。
路上でキョロキョロしていて、撮影者が声をかけると、振り返った少年の顔は固まっていました。撮影者が続けて話しかけますが返答はなく、表情も変わらず弱々しく立っています。少年は涙を流しました。それでも表情は固まったままでした。
そして少年がカメラを見ました。


パレスチナの惨状を今始めて知ったわけではありません。私の会社の前でデモが起こる以前から勿論知ってはいました。


涙を流して心を痛めるにはあまりにも遅すぎました。
この直前まで私がしていたことは底抜けに愚かで、その愚かさに気づいていながらも止められなかった。


私の保身はそれでも止められませんでした。
次の朝、駅のコンビニでマスクを買いました。会社の前で顔を隠したかった。

今すぐ虐殺行為がなくなってほしい。戦争が終わって欲しい。いかなる形でも戦争には加担したくない。
本当です。
気持ちは嘘ではありません。偽善でもありません。

そのはずなのですが、私自身、その気持ちに疑いを持ってしまいます。
その確証がこのマスクであり、更にその後ろめたさから顔を隠す、そのループです。
本気を証明するなら、彼らと声を上げるべきで、会社に所属する人間として方針に反対するべきです。
戦争に加担して良い訳がない。分かっています。


会社に出社してもうすぐ午後3時になるところでした。朝の会議がずれ込んで昼休憩もせずに午後の仕事にそのまま手を付けていました。

変わらず、仕事を続けていました。


会社にいる時間は意外と気が楽でした。仕事に集中していれば時間は過ぎるし、ここには同じ責任を背負った人間だけがいることが、私の負担を軽くしている気がしました。


仕事に区切りがついた時、それらが全て跳ね返ってきました。
まだ加担を続けている。
私が担当している業務は軍事や防衛とは全く関係ありません。しかし、所属しているこの会社は間違いなく関係している。


食欲がなくなるわけでも、空腹を感じなくなるわけでもありませんでした。そろそろなにか食べようと。


ランチの営業時間は過ぎていたので、地下の食堂は人が少なく静かでした。積み上げられたお盆を見ると、現地の人達が手にしていた銀色の食器を思い出しました。


食堂の隣のファミリーマートで軽食を買うことにしました。

この会社で働くことは罪ではない。

おにぎりとお茶を。

人々の生活を豊かにする提供と土台作りを行っている。


「子供を殺すな 大人も殺すな 虐殺やめろ」



食堂の廊下からうっすら聞こえた気がしました。

エレベータの閉めるボタンにタッチして、自分のフロアへ上がっていきます。
ビルが爆撃を受け、このエレベータが止まれば私は閉じ込められる。爆撃の瞬間に死ぬのか、生き埋めになるのか。
私はこの空想に何の恐れも感じない。空想の域を超えないから。


フロアに到着しました。
惨状の現場から遠く離れたこの会社でいま、おにぎりとお茶を抱えデスクに向かって歩いている私の姿を見て、憤りを感じる人間がいます。いない、ゼロとは言い切れない不義を、私は首からぶら下げています。


部署に戻ると社員の様子が、空気が違う気がしました。
デスクに向かって歩くと途中で同僚が声をかけてきました。

「良かったな」

同僚のモニターに社内メールが映し出されていました。
子会社を通じて結んだイスラエルの軍事企業との覚書を、終了することを報告するものでした。


声を上げ続けたデモ活動が実を結び、彼らの言う通り大きな山が動いたと思います。
戦争終結に向けて僅かでも前進しているはずです。


定時までの仕事を終え、帰り支度を済ませます。
大袈裟に言って救われたと思いました。
しかし、私は初めから何一つ脅威になど晒されていませんし、そもそも私自身が脅威側の人間でした。


そして、私はおそらく何も変わっていません。
事実、あのあと食べたおにぎりは不思議と味がしませんでした。


少年に見つめられた時、私は泣きました。
今すぐに虐殺が終わってほしいと願っています。
パレスチナに平穏と自由が訪れることを祈ります。
本当にそう思っています。


エレベータに乗ると、私と同じようにマスクを付けた人たちが静かに立っていました。




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