コーラを飲みたくなる時ありません?/酒井

質問なんですが、普段は全然飲みたくないのに、どうしてもコーラが飲みたくなる時ってありませんか?
夏の熱波の時なんか。
そういうとき、自販機でコーラがあったら買おうと思って、ようやく見つけた自販機にコーラが無い……。
でも、コーラって決めたから、なんとか次の自販機まで我慢する。暑い中。
そのうち、喉が渇きすぎて、そんな甘ったるいものは飲みたくなくなる。
それなのに、コーラを探し求めて、ようやく見つけて一口飲んで、なんでこんなの飲みたかったんだろう……なんて思う。

ああいうのって、子供の時の横断歩道と一緒だと思うんです。
「横断歩道の白線の上だけ歩いたらテストは成功する」なんとなくそう決めちゃって、馬鹿らしいことはわかっていながら、どうしても実行せずにはいられない。
最初は「もし成功したら、○○だ」って願掛けみたいなもんですけど、段々と「願」の部分は「呪」になっていくんですね笑
一度思いついたら、そうせねばならないように思われてしまう。
もしかしたら、スポーツ選手のルーティンとか、ジンクスとかも、そういう延長にあるんじゃないかなと思うんです。
なんでこんなことを質問したかと言うと、まさに今の僕がこれに参っているからなんです。

僕にとって一番の敵は、今考えると「余裕」でした。考えるための時間、という意味です。
ずっと昔、プラスチック工場でアルバイトしていたことがあります。その工場ではプラスチックの蓋を作っていて、ジョウゴ型の入れ口にプラスチックの素材と染料を入れて、型番を設定すると、3~4つずつベルトコンベアに成形物が作られます。だいたい5秒間隔くらいで。ゴキジェットの蓋とか、スプレー染料の蓋とか、色々です。
で、稀に汚れや欠けが出てきちゃうので、アルバイトはそれをひたすらチェックするんです。
これを一日に14時間ほどやっていた時期がありました笑
学生時代です。
で、工場は24時間稼働しているから、夜中までその作業をやっている。僕以外にはもう一人いつも変わったおじさんがいて、その人は夜中「ホーウ、ホッホホーウ!」と叫ぶんです。
もう毎日。ふざけているのか、あるいは伸びのようなものかもしれないんだけど。
しかも決まって大体2時なんで、僕は「時報」と呼んだりしていました笑
僕自身、一日14時間週5日で働いて、たまに人と会うと、言葉がうまく出なかったりする。
その仕事をして、単純作業は人をおかしくさせるんだなって若い僕は思ったりしたものです。
しかし今ははっきりわかる。ひたすら蓋を見るだけの単純作業でも、何もないより、考え、立ち止まる時間があるよりずっとマシなのだと。
話があっちこっちいっちゃってすみません……。

話を戻して、僕が例の子供じみた「横断歩道」に囚われた話です。
突然僕に時間の余裕が生まれたのは、2年前でした。
それまで、あの工場での労働とはちょっとは違うけれども、大人になって会社に入り、いい歳になってからも、やはりひたすら作業の連続が続いているように感じていました。
誰だってそうでしょうが、僕の場合に大きく違うのは金が入ったという事です。
金持ちだったらしい(というのも、ほとんどあったことも無く、全然知らなかったので)伯父が亡くなり、その遺産が入ってくることになったんです。それも結構な額が笑
もちろん一生遊んで暮らすどころか、1年分の給料くらいではあるのですが、それでもまあまあ大きな額です。
堅実な人であれば、貯蓄や投資に回したりするのだと思うのですが、僕の場合はそうはしませんでした。30代も半ばで独り身。あらゆる方向転換の最後の年齢になってきている。本当にこうして、時間や身体を死ぬその時までの消費に使っていて良いのだろうか。
それで老いたある日、今の自分自身を呪う事にならないだろうか。
「お前に意気地が無かったばっかりに」
そう思いながら、真っ暗な穴の中に意識が消えていく。二度と目覚めもしない穴に…。
僕が会社を辞めたのは、そんな他人からみたらありきたりな青臭い理由だけではなく、青臭いと後ろ指を指される恥を受け入れたいという気持ちもありました。
自分自身に引き返せない切迫感を与えるという事に、奇妙な高揚を感じていたのだと思います。もっとも、当分の金はあるので、今思えば甘っちょろい「切迫感」ではありますが……笑

僕にはやりたいことがありました。それは脚本です。う~ん、これを言うと、更に青臭く聞こえてきますよね……笑
でも本当にやりたかった。というのも、僕は幼い頃からずっと映画なんかが好きで、中学校くらいからびっしりと感想を書き連ねたノートを書いていました。徐々にそれは感想から分析めいたものになり(同時に頭デッカチにもなっていくわけですが……笑)、そのうち作りたいと思うようになりました。
大学も映像系で、当然就職も考えたんですが……。当時インターンという名目で、ある撮影現場に行ったんです。そこでまあ、なんというか、心打ち砕かれて……。
ありきたりな話ですがね笑
それで就職の時には全然関係ない会社に入った、というわけです。
「俺、好きなものを嫌いになりたくないから。それに奨学金も返さないといけないしさ」
と、これです。あの頃の同級生の多くも同じセリフを吐いたはずです……笑

ところが時間がたって、未だにベルトコンベアの上のプラスチックの蓋をチェックするのと、本質的には違いがない仕事でも、正社員だとボーナスやらで、そこそこ金に余裕も出てくる。すると、どうしても諦めたはずのものが、目の前にちらつき始める。打ちひしがれて辞めたというわけではないから余計そうなのでしょう。
今更現場などはいけない、でも脚本ならなんとか、と思ったわけです。少なくとも、僕はかなり辛辣で、鋭い批評眼を持っている自信があった。
1年精一杯やって、ダメならあきらめよう。
僕はそう思ったのです。

ところがどうしたことか。これが普通のドラマなら、それから一生懸命机に向かう日々が点描で描かれるところでしょうが、僕の場合はそうではなかった。
朝起きる、会社は辞めているので行かなくても良い。一日中、やらねばならぬことがほとんどない。これまでから考えたら、なんと時間のある生活でしょうか。
にも関わらず、僕は一か月もせずに、途方に暮れてしまいました。
机に向かっても何を書いたら良いかわからない。何事も真似から始まる。インプットが必要だと自分に言い聞かせ、映画やドラマを見る。本を読む。
しかし、それでも、時間と金が消費されるばかりで、何か書ける気がしない。
そのうち、「インプット」とやらも、単なる自分への言い訳に思えてきて、見ている傍から作品に集中もできない。それを繰り返していくと、だんだんと、全てがつまらなく思えてくる。

そして夏、最初のきっかけはあのコーラです。
何も思いつかなくても、とりあえず散歩は日課にしていました。と言うのも、歩くのは脳に良いらしいと聞いたのと、尊敬していた脚本家のインタビューにも、思い浮かばないときには散歩をすると書いてあったから。
最初に書いたように、僕は歩き回ってコーラをようやく見つけ、飲み、こんなくだらない思い付きに振り回されてバカバカしいと、自分で自分を嗤いました。飲んだ傍からべた付いた喉は余計に乾いて、そのためにすぐに水を買ったほどです。
これだけならまだ笑い話のネタでした……笑

次はラーメンでしたね。飲み物やら食べ物やら、そんな話ばっかりで申し訳ないけど……笑
年齢がいくと、旅行に行ってもそうなんですよね。基本的に「何食べるか」くらいしかプランの立てようが無いという……我ながら無趣味で、情けないもんです。
さて、ラーメンがどうしたって話なんですがね、これもコーラと同じく、急にラーメンが食べたくなることがありまして。
食べたくなる、というより、「ラーメンを食べようと思いつく」という方が正しいですね。
今日のお昼はラーメンを食べよう。そう思って、散歩がてら、ラーメン屋を探しに行くわけです。
で、ここが良いかな、いや、もうちょっといいお店があるんじゃないか。そんな風に歩き回ったりして。で、その最中にラーメンなんか、全然食べたくなくなるんですよ。でも仕方ないから、結局食べる。
その繰り返しでね。大体2週間に一回くらいから頻度が増えてきて、そのうち3日に一回くらいはそういう衝動にかられました。
食べたいわけじゃないから、苦痛なときも多くて……。食べたくもないのに、一度思い浮かんだらラーメンを食べない事には、机に向かったって何も思い浮かばない気がしてくる。
一番ひどい時には、食べて帰り道に、「もう一杯食べないと」と思いついちゃったときです。
その時には、もう泣く泣く別のお店に入って、注文してからトイレに行って、ゲーゲー戻してから席に帰ってくる。すると、さっき注文した辛味噌ラーメンが席に置いてある、なんて具合でしたね笑
成人病まっしぐら。恐ろしいものです。過食と言うのは、孤独とか精神不安とか、そういったことだけじゃなくて、案外僕と同じように「横断歩道ゲーム」の大人版でもあるのかもしれません。

ふう……くだらない事を書いてきましたけど、ついにちょっと書きにくい事にも触れていかないといけなくなりました。と言うのもやっぱり色々と誤解してほしくないからなんです。
誤解してほしくなければ、正直にならないといけない。
こんな話、読む方も愉快ではないと思うんですが、洗いざらい書いてみますね。
もういっそ「全部、言っちゃうね」って本にしようかな……笑

人間の三大欲求というと、食欲、睡眠欲、性欲と言いますよね。
やることが無い、という状態になった僕は、この3つ(……というか、そのうち2つなのかな)に何か実感を求めていたのかもしれません。
それは会社に勤めているときには、出勤・退勤する、みたいなことで、一つの一日の「やった感」みたいなものかもしれない。食欲から始まったラーメンなんかも、「願」と同じで「呪」になっちゃった。性欲もやはり同じでしたね……笑
どうしても何も思いつかない、なんにも自分の中から出るものはない。僕は相変わらず悶々としていました。時折来るラーメンなどの「思い付き」にもうんざりしていた。
明確なきっかけがあったとは思えないんだけど、そんなときに初めて風俗に行ったんですね。
結局、それはラーメンとまったく同じものになった。
(途中からは、何でも「経験」は資料としてプラスになる、という言い訳がエンジンとなっていました)
でも面白いのは、風俗に入れ込むと、今度はラーメンの衝動の方はピタっと止まるんです笑
だって、どんどん頻度が上がって、しまいにはほとんど「出勤」に近くなる。
そうすると、外で臭いのするものを食べるのがはばかれるんですよね。だって、相手の方に申し訳ないじゃないですか。
それにね、これまた変な話に聞こえるかもしれませんが、ある時途中でダメになっちゃった笑
う~ん、皆まで言わなくても、わかってもらえますかね?
元々性欲旺盛、と言う方でもなく人並だと思うんですが、習慣化しているから尚更、別に欲満々で行っているわけでもない。だから、元気がなくなってくる……笑
それでどうしたかというと、ずばり、医療です!
いや、現代って素晴らしいですね笑
簡易的なクリニックのようなところがあって、そこで簡単な診療を最初にするだけで、そういったED薬って買えるんです。正規の輸入品と、その半額くらいのジェネリックとあって。
僕は勿論、ジェネリックでした。大体一粒1,000円くらいかなあ。で、それは食事したてに飲んだって効かないんですね。食後3時間は空けることが推奨されているし、現に服用して効き目が良い。なので、食事は朝に納豆とバナナを食べるくらい。昼食は摂らずに、夜は肉とサラダなんかを食べるようになりました。
ラーメンでだらしなく太ってきていた体は一気に痩せましたね笑
だから、見方によってはこれによってラーメンへの「思い付き」を克服したとも言えるわけです。
(ちなみに朝に納豆とバナナを食べているのは、AV男優さんのyoutubeでお勧めされていたらからです!)
「新人」なんてマークがついている人がお店に入ったら、もう迷わずにチェックする。そんな日々で、やがて一日でハシゴするようにもなって、これももう嫌だ嫌だと思いつつ、一度思い浮かんだら実行せずにはいられない。
まだここまでなら誰にも迷惑かけていませんから、良いのかもしれません。
もちろん、お金にはすぐに困るようになりました。あれだけあった貯金も、一年はおろか半年も危うくなってきました。

そこで僕は、これまた人生初のカードローンに行きました。
大体ネットで調べると、3社くらいは簡単に登録できる。そのうちの一社に最初にお金を借りるときは、たいそうな事のように感じているものですが、慣れてくると段々と借入最大値までは貯金のような気にすらなってくる笑
最初の10万円は、そのあとの30万より、ずっと高いんです。慣れって不思議なものですね。
しかし、当然毎月返済が必要になるわけで、しかも入ってくる見込みはない。
ところがです…そんな時にちょうどまた失業保険やら親戚の不幸や何かしらで、わずかなお金が入ってきたりする。それで一時的にも首はつながったりして。それが良くないところは、結局なんだかんだで平気だったという成功体験として記憶してしまって、それが失敗するまで止まらなくなることです。失敗は成功の母とはよく言いますが、実際には失敗は成功の子孫なんです笑 しかし、いくら途中でお金が入ってきたところで雀の涙なわけです。
雀の涙だとなると、かえってそれを返済して更生しようとは思わないんですね。
「どうせ30万返したって、翌月の返済が困るだけだ」
そう考えて、金を握りしめて店から店を渡り歩くわけです。ED治療薬を服用しながら。
1000円の治療薬は1回服用で数時間持続しますので、「その持続時間にもう一軒」というような奇妙な律義さは持ち合わせていたりして、まったくケチなんだか、豪快なんだか、自分でもよくわからない笑
性欲もくそもなく、ノルマです。労働です。金を払う労働。
金がなくなることが、自分の「思い付き」の解決策になるかもしれないと思っていたのに、残念、ローンで首がつながってしまった笑
この頃になると、机に向かって企画やアイデア出しをする時間も気力も無くなっていましたね。
「どうせあとはドンつきまで行ってみるだけだ」
ヤケなような、いくらか破滅的なナルシシズムも感じながら、抗う気もない。
かえって呑気に人生のタイムリミットを暮らせるわけなんです笑
自分の時間を作って、やりたいことを必死になってやってみたい。そんな風に始まった無職の時間を、今度は持て余して死ぬまでの残り時間だと考え始めていました。
波のような精神の上下はあるし、日に日にその落差は高くなっていく。
一日に何度もなんとも言えない不安感に襲われます。単に怠惰を直せばいいわけですが、それはそもそも念頭には上がってこない。
「ここでバイトなんかしてみろ。なんのために会社を辞めたんだ」
という捻じれたプライドだけがまだ生きている……笑

そんな自問自答の泥沼に時間を無駄にしていると、ついに新たな「思い付き」が僕に芽生えました。
「僕は自分のクソっぷりを自覚せねばならない」
そのために自分が軽蔑してきたつまらない迷惑行為を行い、いずれぶっ飛ばされるか、警察に捕まるまで行くしかない。それでようやく諦めがつく。
しかしなかなかこれは踏ん切りがつきませんでした……。
朝から丸一日電車に乗って、ポケットの中でカッターナイフを握っている。念のため言っておくと、僕は非暴力主義者で、人を傷つける気はありません。ただ、何か迷惑行為を行う必要があったんです。その「迷惑行為」が何かはわからないんだけど。
どうしたら良い、何をしたら良い、そんな風にもじもじとしていたけど埒が明かず、結局やけになってホームやコンコースを歩いて、群衆の中で投げやりに人にぶつかって自分への苛立ちをぶつけました。
通り過ぎざまに思いっきり肩で当たっていく。これは思いのほか、すっきりしました。
僕のチャッカリしたところではあるんですが、僕がぶつかっていくのは基本的に女性でした笑
そこまで意識して選別していたつもりはないんですが、やっぱり怖かったんですね。自分への怒りをぶつけて、誰かに止めてほしいと思って始めたのに、傷つけられるのは怖い笑
まあ、目当ての「軽蔑」は相手の方は勿論、自分自身も抱くことができたのである意味成功なわけですが……。
そういう言い訳がましい弱い自分に気づくと、今度は「あの男をやらねばならない」と屈強そうな相手に嫌がらせすることを「思い付」いちゃう、困ったもんですね。
ホームで目星をつけ、電車の中でそれとなく接近する。持っているカッターで、カバンや服をさりげなく傷つけていく。
これをやり始めると、風俗なんか興味が無くなっている。ラーメンの時と一緒ですね笑

しかしついに恐れていたことが起こりました。
(といっても、このためにやっているというのが自分への言い訳だったのですが、トホホ……笑)
いつものようにカバンを傷つけた相手が、パンパンの電車から吐き出された途端、ワアッと叫んだんです。切り付けられたのに気づき、相手を探している。そして僕の顔を見て、どうやら犯人が特定できたようです。見つめ合う時間は一瞬なのですが、お互いに気づいた瞬間と言うのは妙にはっきりとわかるものです。
(これが映画なら、切り返しで撮らねばならないところですね……笑)
僕はぞっとしました。大げさでなく足は震え、底冷えのするような恐怖の津波から逃げるように、混雑したホームをかき分け走りました。捕まることが目的だなんて意識はすっかりなくなっていたんですね。意気地無しなんで……笑
で、なんとか逃げ切ってまだ手の震えが収まらずに、人の流れに従って歩いていると、階段のところでまごまごしている女性と会いました。
彼女はベビーカーを押していた母親で、どうも階段を上ることができないようです。
僕はすっかり気が滅入っていましたが、何か自分でもよくわからないうちに
「上げましょうか?」と声をかけていました。
ここまで話してきて、僕がどんなクズかわかっている皆さんは意外に思うかもしれませんが、僕はとっても真面目に見える見た目なんです笑
それもあってか、この母親は全然怪しむでもなく、僕に感謝を言いました。
僕はベビーカーの下を持ち、母親は上の取っ手を持ち、せーの、で階段を上がっていきました。
10段上がって、真ん中くらいになった時、僕の頭にふと「思い付き」が浮かびました。
「このまま、この手を離したらどうなるのだろう」
僕はその考えを捨てられないまま、更に数段上ります。
イチ、ニ、イチ、ニ、母親と僕は小さく声をあわせます。
思い付いたものはやらないといけない。ここでやらなかったら、僕はさっきの男からこのあと捕まり、借金も返済できず、ただただみじめに生きることになる。これは最後のチャンスだ。いや、そんなのバカバカしい、命がかかっているんだぞ、できるか。
そんな「横断歩道ゲーム」と僕が格闘しているとはいざ知らず、母親は一歩一歩階段を上がっていきます。僕は自分の意思を決められないまま、白線以外も強制的に渡らされる笑
(うまいこと言った!笑)
結局そのまま階段を上がり切った時、赤ん坊は僕に向けて笑いました。
それを見たときに僕が感じたのは本当に奇妙なもので、ついさっきまでの恐怖も、ずっと感じていた自己嫌悪と自暴自棄も、すっきりと消えてしまうような思いでした。
急にツンとして溢れそうになる涙を抑えるのに必死で、僕は「じゃあ」とつぶやいてその場を去りました。
大げさかもしれませんが、これは何か天啓だったのではないかと、僕は思っています笑

それから僕はすっかり浄化されたような思いで帰り、言い訳ばかりの自分への踏ん切りをつけるため、パソコンとスマホを捨てました。
こんな風に、わかりやすく「浄化」のために具体的に行動している、という自覚自体が僕に良い作用をもたらしてもいたと思います。
何かの言い訳の元になる情報源を絶ち、インプットも何もできるはずのない部屋で、僕は鉛筆とノートに向き合う事にしました。
(文字通り鉛筆、シャーペンじゃなく。なんかそれっぽいからかもしれません笑)
それからは毎日企画とシナリオの日々です。こうして書いてみるとわかるのですが、オリジナルシナリオというのは能力の問題と言うよりも「恥をかけるかどうか」に近いところがあります。頭デッカチな批評脳ではなかなか書けない。書けば書くほど自分の無能さを感じながら、それを第2稿3稿とブラッシュアップしていく作業なわけです。
肝心なのは、最初に踏み出せるかどうか、それを読んで恥を受け入れ、ベターを目指せるかどうか。
「思い付き」から解放された。いや、シナリオに向かう、という健全な「思い付き」にようやく向かっているとも言えました。

それから数日が過ぎ、昼間にピンポンが鳴りました。
見て見ると警察官が立っている。う~んドラマチックですね…。僕はビビりました笑
ああ、ついにあのカバンの件がバレて、監視カメラとか何かのきっかけで僕にたどり着いたんだ、あーあ。
そう思って玄関を出てみると、大きな目をした真面目そうな若い男性が、僕の予期していた威圧的な態度と正反対に「お忙しいところすみません」と頭を下げます。
話を聞いてみると、家族構成と緊急連絡先を教えてくれという事でした。
僕は拍子抜けをしたと同時に、何か試されているのかな、とか疑ってみたりもして笑
とりあえず「こういう物騒な世の中ですから、ちょっと調べてから記入しても良いですか?」と答えました。
(迷惑行為をしていた僕がこんなことを言うなんて、可笑しいですね笑)
警察官の方は、ええ勿論そうしてくださいと言って、担当区域となっている交番の場所を教えてくれて、これを良きときに記入して持ってきてくれと『巡回連絡カード』という用紙をくれました。
ドアを閉めて戻った僕は、スマホもパソコンもないので、こういう時にググったりできないのは困るなと思ったものです笑

それからいくらか日がたち、まあなんとか書き続ける癖が身についた僕は、残り一月くらいで首が回らなくなるぞという残高の通帳記入をして戻ってくると、なんとポストにシナリオコンペの最終選考に残り、賞が与えられるという知らせが入っていました。
あの時の嬉しさは永遠に忘れないと思います。
何者でもないクズの僕が、初めて自分の力で人に認めてもらったんですから。
授賞式に行きますと(スーツで行ったのは僕だけで、浮いてしまいました……笑)、僕以外にも二人の受賞者、そして憧れの脚本家なんかもいます。
写真を撮られ、そのあとは舞台上で挨拶をして、今度は審査員である脚本家が一人一人の作品にコメントを言います。
今回、僕は佳作、もう一人も佳作、そして一人が優秀作でした。
僕の作品についてのコメントは「語り口は非常に巧みであり、勉強のあとが見られる。しかしテーマもキャラクターもやや凡庸で、深みにかける。小手先の技術に、洞察力と個性的な世界観が乗れば優秀作となったかもしれない。次作に期待したい」という感じでした。
あと「今どき手書きは珍しく、読みにくかったけど好感が持てた」という締めの一言には、他の審査員やコンペの委員の方もウケていましたね笑
うーん、根本的な根っこの能力不足でした。残念に思いつつも、とてもすがすがしい気持ちで賞状をカバンに入れ(賞金は振り込みだったので)、帰りの電車に乗りました。
帰っている最中、走る風景をぼんやり見ながら、僕はさっきの感動を思い返していました。
次はがんばろう!
でも、個性的な洞察力や世界観というのはどうやったら身に着くのだろう。う~ん、僕はこの数カ月、結局何もない家で、何にも触れず、自分の中を漁って鉛筆を握ってきました。
でもそうして漁った自分自身の空っぽさを見抜かれてしまった。
僕に必要なのは、やはり適量なインプットで、社会から自分を隔離してみたところで、自分の中に何かリアクションが生まれるはずないじゃないか。さて、どうしよう。僕はもう来月からバイトか仕事をするしかない。でもそれも考えてみれば一つの社会との接点で、それによって僕の中にリアクションが生まれるかもしれない。僕がそうして生計を立てることに満足せず、意思を持って机に向かえば良いだけの話じゃないか。実際、賞を取ってからもコンビニバイトをしている作家さんもいるじゃないか。頑張ろう、僕!
そんな風に考えて駅を降りました。
改札を出て階段を下ります。
ああ、そういえばあの時の赤ちゃんとお母さん、今頃どうしているかな。思えばあの赤ちゃんのおかげで僕は自分に向き合うことができた、本当に感謝だな。なんて考えていました。
でも少し、あの時手を放していたら、優秀作だったのでは?という気持ちも無くはありませんでしたが……笑
駅から自分の家までの帰り道、大きな立て看板に気が付きました。
どうも市議会議員選挙が近いようで、立候補者がたくさん貼ってあります。
そのうちの一枚「日本を立て直す!」と書かれてガッツポーズをするテカテカした高齢男性の目に、画鋲が刺さっていました。子供のいたずらです。
「これってたしか罪になるよな」なんて考えながら帰宅しました。

家に帰ると、外にいたときよりも暗く感じられて、電気を点けてカーテンを閉めました。
僕は何もない部屋でなんとなく机の前に座る。すると、積み重なった資料の本の隙間に、何か紙を見つけました。
そうです。『巡回連絡カード』を記入して出し忘れていたのです笑
あのあと交番の前を通りかかった時何気なく覗くと、あの若い警官がいましたので詐欺ではないことはわかっていました。
人の好さそうな、見ていて気持ちが良いタイプの若い男性です。色々と苦労もしたんでしょうが、努力して警察官になり、交番に勤務しているのでしょう。
出さないとな、と思って鉛筆を持った途端、突然「思い付」いてしまったんですね……笑
どうも僕はそれをしないと、ここから先には進めなそうな。うん、今度こそ日和るわけにはいかないぞ。これ以外にない、怖いけど、やるしかない。
僕は決心しました。

翌週、交代の時間やパトロールの時間も頭に入れた僕は、夜交番前で時間を待っていました。
二人の勤務体制のうち、一人が自転車に乗ってパトロールに出かけます。
よーし、勇気を奮い立たせなければ。
僕は30分前に空腹の状態で飲んだED治療薬(もちろんジェネリックです……)の苦みがまだ残っている気がして、ペットボトルから水を飲みました。鉛筆も持ち、巡回カードもある。
僕はあの方が一人でいる交番に入っていき、あとは不意打ちしかありませんから、まず巡回カードを渡した直後に首にカッターを突き刺しました。
思ったよりうまくいかず、倒れたところをもう一度やる必要がありました。
訓練を積んだ警察官に適うわけはない事はわかっていましたから、とにかく勢いでいくほかありません。それに顔を傷つけてしまうと、台無しなので、とにかく首と刺して刺して、もう夢中でしたね。
それから意識が混濁したようですので、鉛筆を取り出して、左目に刺しました。
本当に僕はやりたいわけではなかったので、「申し訳ない」という気持ちでいっぱいでした。
でもやらないといけないんだ。思い付いちゃったんだから。
奥まで突き刺すと、嫌な感触が手に伝いました。体はびくびくと痙攣しているし、やりにくかったです。
そこからは時間との勝負で、もう目を瞑って、なるべくエロいことを考えるほかありません笑
(ED治療薬というのは、自動的に勃起するわけではなく、あくまで勃起しやすくするだけなんです……)
なんとか可能となったので、鉛筆を取り出しました。芯の先に目玉が付いている画を想像していましたが、刺した衝撃で崩れてしまったのか、タマゴの黄身のようなドロドロがまとわりついてきただけでした。
僕は空いた眼窩に挿入しました。
入るかな、なんて思って心配していたけど、なんのことはない、ジャストでした!笑
興奮していたこともあって、なんとか途中でダメにならず、終えることができました。
終えたとき、これまでの人生で最も困難なことをやり遂げて、充実感からか、ジーンと感動が胸に沸き上がりました。今の僕なら、あの時赤ちゃんに、きっと微笑み返せただろうなとも思いました。
そこからは皆さんが知っている通りです。

ただ、僕がこんな恥を洗いざらいを書いてきたのは、先にも書いた通り誤解されたくないからです。
僕はニュースで伝えられるように、「性的欲求」からそうした訳ではありません。むしろ頑張ってどうにか性的にも振舞ったんです。真面目な話、僕はそれだけは勘違いされたままは嫌だなと、それでこれを書きました。僕のやった理由はこの通り単純で、横断歩道、コーラ、それだけです。
(あと、ポスターの目に画鋲を刺した子供も、ちょっとは原因がありますね笑)
本当にあの方には申し訳なく思っています。

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